目標 類語。 目標の類語・関連語・連想語: 連想類語辞典

「目途」の意味とは?使い方の例文と「目処」との違いを解説

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「指標」の使い方と例文 「指標」は物事を判断したり、採点したりするときの印を表す場合に使います。 物事の大体を見定めるための数値を「指標」と言います。 例えば、「優勝チームと最下位のチームでは、打撃指標に大きな差がある」と言います。 これは「優勝チームと最下位のチームの、どれだけ打てたか表す数値に差がある」という意味です。 言い回しとしては、 ・指標になる ・指標を示す ・経済指標 ・指標生物 ・指標昆虫 ・指標化 ・指標表 ・指標発表 ・健康指標 ・人生指標 などとなります。 「指標」は日常会話で使うことは少なくて、実験などにおいて目標の数値を「指標」と呼び、実際の数値と比較することで結果を確認することができます。 例文 ・昨シーズンの成績を指標にして、A選手の今期の成績を予想してみる。 ・野菜の色つやなどの見た目は、新鮮さを判定する指標となる。 ・打撃指標や守備指標をしっかりと覚えておけば、より楽しんで見ることができる。 ・経済指標をきちんと知っておけば、経済の状況を理解することができるだろう。 ・会社の経営者はしっかりと財務指標を把握しておく必要がある。 ・恩師の考えや生き方というものは、私の人生の指標となっている。 ・出演ドラマの視聴率は主演俳優の人気の指標となるから、なるべく高い方が良い。 「指標」と「目標」の違い 「目標」は< もくひょう>と読みます。 「目」は音読みで「モク・ボク」、訓読みで「め・ま・さかん」と読みます。 「目」は「しるしとなるもの」を意味します。 「標」は音読みで「ヒョウ」、訓読みで「しるし・しるす」と読みます。 「標」は「マーク、目標とするもの」を意味します。 「目標」の意味は「 目的を果たすために設置した目安」です。 「目標」は「物事を行うにあたって、到達や実現すべき点」を表すのに対して、「指標」は「物事を評価するための基準となるもの」を表します。 「指標」は「 判断基準となるもの」、「目標」は「 ゴールとなるもの」と覚えておくと良いです。 「指標」と「目標」では意味が異なるので、しっかりと区別しましょう。 例文 ・目標を少し高めに設定することで、自身のモチベーションを上げることができる。 ・残念ながら去年は目標を達成することができなかったので、今年は気合を入れて頑張りたい。 「指標」と「指針」の違い 「指針」は< ししん>と読みます。 「指」は音読みで「シ」、訓読みで「ゆび・さす」と読みます。 「指」は「指示する、指で示すこと」を意味します。 「針」は音読みで「シン」、訓読みで「はり」と読みます。 「針」は「目盛りや方向を表すためのはり」を意味します。 「指針」の意味は「 物事を進める上で、取るべき方向を示すもの」です。 「指標」は「 物事を評価する上で必要となる目印」、「指針」は「 物事の方向性を定めたもの」を意味します。 例えば、「最近流行している彼の自伝は、受験生が勉強の指針として読んでいることが多い」と言います。 「指針」を「指標」と置き換えることはできません。 また「指針」には、「時計やコンパスなどの目盛りを示す針」という意味もあります。 例文 ・計画の指針を決めるためには、関係者全員の考えを聞こう。 ・君のやっていることは、計画の指針から大きくはずれている。 「指標」と「基準」の違い 「基準」は< きじゅん>と読みます。 「基」は音読みで「キ」、訓読みで「もと・もとい」と読みます。 「基」は「物事のもととなるもの」を意味します。 「準」は音読みで「ジュン」、訓読みで「みずもり・なぞらえる」と読みます。 「準」は「物事をはかる事柄」を意味します。 「基準」の意味は「 物事を比較して考えるために必要となる一定の標準」です。 「指標」は「 物事を評価する上で必要となる目印」、「基準」は「 物事を行う上で満たすべき条件」を意味します。 例えば、「血糖値が基準値を超えてしまう」と言いますが、「基準」を「指標」と置き換えることはできません。 例文 ・飲酒運転で捕まった犯人の体内からは、基準値を大きく上回るアルコールが検出された。 ・血液検査を行った結果、基準値を大きく上回ってしまったが、特に心配する必要はないそうだ。 「指標」と「規準」の違い 「規準」は< きじゅん>と読みます。 「規」は音読みで「キ」、訓読みで「のり」と読みます。 「規」は「行いや判断のたよりとなる基準」を意味します。 「準」は音読みで「ジュン」、訓読みで「みずもり・なぞらえる」と読みます。 「準」は「物事をはかる事柄」を意味します。 「規準」の意味は「 判断や行動をする場合に、手本となる標準」です。 「指標」は「 物事を評価する上で必要となる目印」、「規準」は「 行動や判断をする際に、手本として守るべきルール」です。 「規準」は、社会的にも倫理的にも守るべき考えや行動を表します。 「指標」と「規準」では意味が異なります。 例文 ・利用者として守るべき規準は、しっかりと従うようにしよう。 ・会社で定められている規準はきちんと守るように心がけよう。 「指標」の類語・言い換え 型 (意味:証拠に残すための目印) 「彼の大事にしているゲーム機を借金の型にする」 杓子定規(しゃくしじょうぎ) (意味:定まった方法に当てはめて対応しようとすること) 「杓子定規な方法には納得がいかない」 パターン (意味:ある型) 「いくつかのパターンに分けて実践してみる」 タイプ (意味:ある型) 「これは古いタイプのやり方である」 バロメーター (意味:ものの状態を調べる基準) 「動画の視聴回数は人気のバロメーターとなる」 目印 (意味:物事の目標となるもの) 「近くにあるコンビニを目印にして彼の家まで向かう」 目安 (意味:大体の基準) 「合格点は80点を目安にしている」 尺度 (意味:ある物事の基準) 「向き不向きの尺度を決めよう」 物差し (意味:物事を判定するための基準) 「彼は通常の物差しでは計算できない」 水準 (意味:物事の評価を定めるときの基準) 「やっとの技能が水準に達しそうだ」 軸 (意味:物事の中心となるもの) 「彼を軸にして計画を進める」 寸法 (意味:物事の基準となる長さ) 「服を作るために寸法をはかる」 基点 (意味:物事のもとになるもの) 「ここを基点として活動を進める」.

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「向上心」の意味とは?類語や言い換え表現などをまとめて解説

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人生の転機、人生の新たなスタート台に立った時に必ずや求められるもの、それが「抱負」です。 一年の計である元旦、入社式、あるいは入学式、それぞれの人生の岐路に立った時、人は何故かこれからの人生に懸ける意気込みや目標を口にしたり密かに心にしまいつつ、しっかりと目標を立ててこれから生活に臨んでいこうとしますよね。 それでは今回はそのどういう意味なのか、しっかりとみていく事に致しましょう。 ️「抱負」を詳しく解説! では本文に入る前に「抱負」について少々、解説していきましょう。 「抱負」という言葉の意味が分からなかったらこれからの文章を読んでもさっぱりですからね。 ️抱負の意味 それでは「抱負」とい言葉の意味をひも解いてゆきましょう。 2つの側面から解剖してゆきますよ。 心の中に持っている計画 「抱負」の意味の1つ目は「心の中に持っている計画」です。 と、いう事は「抱負」とは公表性のない秘匿的な意味合いがあって、自分自身だけが思っているこれから達成していこうとする計画を持っている事。 という解釈が成り立ちそうですね。 よく、周囲の人が「これからの抱負は?」などと聞くケースがあると思いますが、「抱負」というものが心の中に持っているものだったとしたら、そう簡単に口を割っていいようなものでは本来、ないのでしょう。 そういう意味では「抱負」は自分だけが本当に誰にも打ち明けたくないくらい非常に秘密性の高いもの、という判断が下せそうですね。 心に抱く決意 「抱負」のもう一つの意味が「心に抱く決意」です。 また「心の中に」という説明が出てきました。 やはり「抱負」というものは周囲の人に公表してしまうようなやわなものではないようです。 「心の中に抱く決意」です。 これは相当、自分自身を追い込んだ結果のもののはずです。 という事はかなり高いハードルを自分に果たしているという事が言えそうです。 その目標は現在の自分の力量ではまだまだ及ばないくらい高い目標なのかも分かりません。 だから恥ずかしくてとても公表できないのかも分かりませんね。 いずれにしても「抱負」というものは、おいそれと軽々しく口から出させるような軽いものではない、という事が伺い知れますね。 ️抱負の語源 それでは次に「抱負」についての語源を追っていきましょう。 どうして「負」という感じが入ってくるのか?不思議ですよね。 じっくりと深く見ていきましょう。 なぜ「負」が入っている? 「抱負」、心の中に持っている計画であり、心に抱く決意というのがその意味になってくるのですが、ならばどうしてマイナスイメージを持つ「負」という感じがこの言葉になくてはならないのでしょうか? ここはまだまだ「抱負」という漢字を分解していかないといけないようですね。 「抱」の意味 では「抱負」の「抱」の方をみてみましょう。 「抱」は単独だと果たしてどういう意味合いになってくるのでしょうか? 考えを持つこと 「抱」という漢字には大きく分けると次の3つに分類されます。 「抱」にはこの3種類の使い方があるという事になります。 要するに前後にくっつける漢字によって意味が大きく変わってくる、という事になりますね。 本当に日本語の漢字というものは多くの解釈の仕方があります。 手で「抱く」と心の中で「考えを持つ」という全く違った意味を持つのですからね。 「抱負」については単純に「心の中に自分の考えを持つ(抱く)様子」とでも思っておいた方が良さそうですね。 「負」の意味 それでは次に「負」をみて参りましょう。 一般的な常識で考えると、「ゼロより小さい数字」、及び「電極のマイナスの方」、という見方です。 しかし、今回の「抱負」に使われている「負」にはまだ違った使い方が隠されているのです。 背中に物をのせる 「抱負」の「負」の意味の1つ目は「背中に物を乗せる」という意味です。 「背中にのっける」つまり「自分にとって非常に重要な何かを乗っける」という解釈で考えたらスムーズにいきませんか? ここで言うところの背中に乗せるものは、ハッキリ言って簡単な軽いものではない、というニュアンスが感じられます。 「負」という漢字が持つイメージ。 どことなく重くるしく全然楽しくない雰囲気を醸し出しています。 「抱負」の「負」は本当ならば背中に乗せたくないほど、重くて大変なもの、という事になりそうですね。 責任を負うこと そして「抱負」の「負」のもう一つの意味は「責任を負うこと」という意味です。 確かに「責任を負う」という言葉は「負う」という漢字を使いますね。 この場合の「負う」もハッキリ言って、心から嬉しくて背負っているわけではなさそうです。 むしろ背負わされるというか無理やり押し付けられている、とも取れるわけです。 本来、責任というものは軽はずみな気持ちの人が背負えるものではありません。 それくらい責任というものは重いのです。 下手をするとその人の全財産を失ってしまいかねないくらいのものなのです。 だから「負」という字が充てられているのかも分かりませんね。 日本語の語源というのはそう簡単には出来上がっていない事がよく分かりますね。 =責任を持って抱く目標 という事で、「抱負」というものを総括してみますと、 「責任を持って抱く目標」、とでも言えそうですね ですので「抱負」という言葉は本当に軽はずみな気持ちで人前で平然とした顔で話してしまうようなちゃちなものではない、という事がよく分かります。 ちょっと身近なところで例えてみますと、プロ野球選手に対して「今年の抱負を」と聞くインタビュアーがいますが、これなどは安易に選手に向けて聞く言葉ではない、という事がよく分かりますね。 もっとも、選手側も平気な顔をしてベラベラ目標を喋っています。 これではその決意がどこまで本気なのか、疑ってしまわずにいられなくなりそうです。 ️抱負の例文 それでは次に「抱負」を用いた例文の数々をご紹介していきましょう。 いずれも私たちの日常生活においてよく耳にする使い方ばかりですよ。 今年の抱負を考える 抱負の例文の1つ目は「今年の抱負を考える」です。 これはあくまで自分自身が誰に発表するとかの問題ではなく、自分のためだけに考えた目標、というニュアンスが当てはまるのでしょう。 「考える」のですから誰かに尋ねられて公表するような内容なのではありません。 よって人には言えないような大それた中身を考えても一向に構わないのです。 本来、抱負というものは秘匿性があるので公表するために考えるものではありません。 1年の最初の元旦に自分あてに考えた「抱負」をノートか何かに書いておいて机の引き出しにしまっておけばいいのです。 何かで躓いたりうまく目標達成に向けて運ばないような事態が起こった時にそっとノートを取り出してもう一度、見ればいいのです。 自分がその目標を立てた時の初心を思い返すことが出来たなら、その目標はしっかりとあなたの「抱負」となっているという事ですよ。 入社後の抱負を発表する 抱負の例文の2つ目は「入社後の抱負を発表する」です。 これは堂々と発表してもいいものですね。 特に新社会人となった最初の会社というのはまさしく第二の人生の始まりでもあります。 抱負を持つことは勿論、周囲の人に語っても何にもおかしくはありません。 それとあなたが学卒の新入社員ならば社員研修で必ずと言っていいくらい「抱負」についてレポートの提出などもあり得ます。 そのレポートは人事部預かりとなってあなたの今後をじっと見つめてくれるでしょう。 また、研修の場で皆の前で発表しなければならないかも分かりません。 書く内容をしっかり決めておいた方がいいでしょうね。 あまり恥ずかしい内容ではこれからの長い長い社会人生活に弾みがつかなくなってしまいますからね。 今後の抱負はなんですか? 「抱負」の例文の3つ目は「今後の抱負はなんですか?」です。 これこそがインタビュアーがもう少し配慮すべき聞き方の一つでしょう。 それは「抱負」というものはそう簡単に周囲の人に情報開示するような軽いものではないからです。 なのでこういう聞き方をされた場合は自分の心に思っていることの半分くらいを教えてあげる程度でいいと思いますよ。 全てをさらけ出して教えてあげる事ではないでしょう。 そしてインタビュアーさん、聞くならば「目標」とか「計画」などという言葉で聞くべきでしょう。 それでも基本的に個人の目標を公にしていいものかどうかはその人の判断に委ねられる部分もあります。 だからあまりいい気になってベラベラ話さない事ですね。 人間、誰かからものを聞かれるとつい嬉しくなってしまい過剰にリップサービスしてしまう事もあります。 もしあなたがスポーツ界や芸能界のような人気稼業の世界にいたならばちょっとした事実でも大きく湾曲されて報道される事もあります。 だから「抱負」というものはそっと自分の胸の中に閉まっておく方が何かと都合がよくるのですよね。 「豊富」を第三者から聞かれた時は当たりさわりのない答弁を返す練習を積んでおいた方がいいかも分かりませんね。 新年の抱負を決める 抱負の例文の4つ目は「新年の抱負を決める」です。 これぞ王道の「抱負」の決め方ですね。 「新年の抱負を決める」こそ、抱負の抱負たる由縁だと思います。 1年の計は元旦にあり、と古くから言われています。 別に2ヶ月経った時点、半年経った時点でそれぞれの抱負を立てても全然いいのですが、やはり何と言うか、気持ちの張りが違ってくるというか、決心の度合いが大きく変わってくるような気が致しますね。 「抱負」というものはある期間を通して成し得ようとするものです。 だから丁度キリのいい1年の最初の1日目に立てるのです。 それでないとこの1年を乗り切ってゆくための大きなスローガンがなくなってしまいますからね。 とにかく「抱負」は安易に考えて作るものではない、という事を胆に銘じておきましょう。 ️抱負の類語 それでは次に「抱負」の類語についてみていきましょう。 心の中に抱く「抱負」とほぼ同じ意味合いの言葉、結構たくさんありますよ。 全部で11個のご紹介です。 目標 抱負の類語の1つ目は「目標」です。 目標は広く一般的な言い方であって、意味合い的にも様々な中身を内包する実に便利な言葉です。 目標というものは基本的に公開性があるものと考えましょう。 そこが自分の心の中に閉まっておく「抱負」と大きな違いがあるでしょう。 「目標」の実用範囲は実に広範囲です。 小さな子供さんからご年配の方まで、職業も身分も何も関係ありません。 ご自身が自発的に決めようが会社から無理やり押しつけられた営業予算であろうが広義の意味では全て「目標」です。 そしてこの「目標」がなければ人間の社会活動も軌道通りに進まなくなってしまうのです。 例えば受験生。 目標とするのは勿論、志望校合格のための勉強です。 そのために第一志望校という大きな目標を立てます。 そしてその志望校に合格できるように半年サイクルや3カ月サイクルの勉強の進捗具合による目標も立ててゆきます。 このように目標というものは常に形を変えてあなたの身の上に存在してきます。 こういったところを考えると「抱負」はそう簡単に変えられない大目標で通常の「目標」は臨機応変に姿を変えてゆくもの、とも言えるでしょうか。 意気込み 抱負の類語の2つ目は「意気込み」です。 「オッ、凄いヤル気だ。 意気込みが違うな」と唸った経験はありませんか? 意気込みはヤル気が態度になって表れた素晴らしきプラス思考の塊です。 意気込みも表現方法の違いこそあれ抱負と同じく何かをやり遂げようという前向きな意思が伝わる目標の表し方の一つです。 つまり確固とした目標や抱負があって初めて「意気込み」というものが発揮されるわけです。 逆に言えば目標も計画もない人間に意気込みが発揮されるはずがありません。 意気込みは自分が立てた目標や抱負を完遂させる意義があって何が何でもやり遂げたい、という強い願望があって初めて発動されるものだからです。 そういった意味では「意気込み」は抱負の違う形の共同体といえるでしょう。 野望 抱負の類語の3つ目は「野望」です。 「野望」は密かにその人の胸の中に閉まっておくべきものです。 そういった面では「抱負」と大きく共通する類語です。 ただ「抱負」と「野望」から受け取るイメージはかなり大きな隔たりが認められてしまうでしょう。 そこには「野望」に正義感や平和観に反した「反逆者」的なイメージがついてくるからでしょう。 それプラス、「野望」には時代の趨勢をひっくり返すほどの大それた計画、という印象も受けます。 例えば、現社長の権力に挑んでそれを打倒して自分が社長の座に就くとか、今の総理大臣を退陣させて自らがトップの立場に行くとか。 どちらかというと平和的というよりも革新的、あるいは革命的な匂いがしてきますね。 そこが「抱負」と「野望」のイメージの大きな違いでしょう。 しかし、目の前の目標に向かって己の気持ちを公にすることはなく密かに前進していく姿勢は見事に一致していると言えるでしょうね。 願望 抱負の類語の4つ目は「願望」です。 「願望」もどちらかと言えば密かに心の中で「願う」ものなので「抱負」に近いものだといえるでしょう。 ただ「願望」にはどの思いよりも最も強い、情念と言いますか、執念のようなものが感じられます。 「念ずれば花開く」という諺通り、心の中に閉まっておくというよりも強く強く、意識して願いが叶うのを願い続ける様が受け取れますね。 よって「願望」からはこれまで数々の失敗を繰り返してきた「挑戦者」というイメージも湧き上がります。 何とかしてここで一発、負け続けていたチームの雰囲気を変えるためにも常勝チームに一矢報いるんだ、という強い勝利への執念が気持ちになって表れたもの、それが「願望」なのではないでしょうか。 希望 抱負の類語の5つ目は「希望」です。 「希望」もどちらかと言えば心の中に溜めているというか密かに隠し持っているもの、という印象を浮けますね。 そしてその「希望」の思いが正しければ正しいほどその人が取り組もうとしている事が実現してゆくような感じも致します。 何事もゴール地点に無事、たどり着くまでは幾多の困難や試練が待ち受けるものです。 時には心が折れて挫折してしまうケースもある事でしょう。 しかし、心の中に自分自身が絶対的価値がると信じて疑わない「希望」があれば苦しい局面も何とか切り抜けて打開して行く事も可能ではないでしょうか。 俗にいう「奇跡」というものも絶対に起こらない、とは断定できませんよね。 その人の普段の実力以上の成果が表れた時、それは確かに「奇跡」かもしれませんが、心の中に常に正しい「希望」を持っているからこそ起こり得る現実なのかも分かりません。 「希望」はあなたの実力を飛躍的にアップさせてくれる魔法の力なのかも分かりませんね。 憧れ 抱負の類義語の6つ目は「憧れ」です。 「憧れ」と「抱負」。 両者の関係はあまり接点が少ないような共通項がないような気も致しますね。 しかし、私たちが持つ「抱負」というものは、何かの動機やその事柄を好きになった理由がない事には誕生しないのです。 ということは「抱負」には「憧れ」という要素がないと成り立たない、という事になります。 例えば、子供の頃から歌う事が大好きで将来は歌手になりたい、と密かに願っていた少女がいたとします。 彼女はいきなり歌手になりたい、と思ったのでしょうか?いいえ、そんな事はないですよね。 歌手になりたい、と思うからにはそれだけの動機付けが必要になってきます。 もしかしたらテレビで歌っている歌手の姿を見て心に強く訴えてくるものがあったかも分かりません。 他の歌手からは感じない何か不思議な縁というか、憧れというか。 そう、自分もあんな風になってみたい、あんな歌手になって皆の前で私も歌ってみたい、という強烈な動機付けがあって初めて「憧れ」が誕生するのです。 心の中に強い「憧れ」を持つようになったら今度は是非ともそれを現実のものとすべく「夢」を持ち、それが自分にとって世の中のためにいい事だという認識が成り立つようになったら自分の夢は「希望」になります。 そして何が何でも歌手という職業に就いてやるんだ、という「願望」が生じます。 こういった輪廻を繰り返して人は心の中に「抱負」を持てるようになるのではないでしょうか?つまり「抱負」を持つためにはいくつもの他の要素が複雑に絡み合ってようやく「抱負」という形になってあなたの心に宿るのです。 少々、話が長くなりましたがお分かり頂けたでしょうか?強烈な夢の実現欲求は「憧れ」から始まってゆくのですね。 志願 抱負の類語の7つ目は「志願」です。 「志願」はもはや心に秘めた思いではありません。 夢を具体的に手元に引き寄せるための「手段」です。 志願書を取り寄せた時点で「志願」という思いは既に「行動」となっているのです。 その部分が「抱負」とは大きく違ってくる点でしょう。 ただ勿論、心の中に「抱負」があったから「志願」という行いが発生するわけです。 そういった意味では「志願」は「抱負」の具現化したもの、と言えるでしょう。 いずれにしても、何かに対して志願書を送る、という事は並々ならぬ熟慮と決心があったはずです。 急に思いついてパッと志願書を取り寄せて意味も分からぬ間に送ってしまった、というものではないでしょう。 そういった心情描写では「志願」と「抱負」は同じ扱いでいいでしょう。 とにかく夢を追う段階を通り過ぎて「志願」という形をとってしまいました。 もう後戻りはできません。 ここまで来たら初志貫徹、何が何でも合格や成功という結果を掴みにゆかなければなりません。 それが年頭に立てた「抱負」というものになるのですからね。 向上心 抱負の類語の8つ目は「向上心」です。 そうですね、抱負の中には「向上心」が詰まっています。 「向上心」がないのならばとても「抱負」を語るなんていう芸当は出来ないはずだからです。 「向上心」とは、書いて字の如く、「常に上を向く心」となります。 もっと一般的にいえば、現在の自分に満足することなく努力と研鑽を怠らずに日々、前を向いて前進していこうとする気持ち、気構え、または実際に実行している姿、と言えるでしょう。 この「向上心」、似たような言葉に「上昇志向」というものもあります。 さて、この場合どちらがより「抱負」に近い意味合いになってくるのでしょうか? 「向上心」というのは言葉に「心」がつくように間違った方向へ前進するのではなく、あくまで正当な手段を用いてその道の神髄から決して離れない進み方、という感じがいたしますね。 対する「上昇志向」はと申しますと、出世やポストのためならば手段を択ばず、あらゆる方法ややり方を駆使して目指すべき地位や身分に到達してやろう、というギラギラした野望のようなものを感じさせます。 さて判断は難しいですが、決して間違った方法でポストを掴みにいっているのなら「上昇志向」も立派な「抱負」の仲間でしょう。 しかし、手段を択ばずにあくどく汚い手を使ってまでも目的を達しようとするならば、それはもはや「抱負」のラインからは逸脱しているでしょうね。 いくら「抱負」は心の中に決意や目標を抱いているとしても公序良俗に反してまで目的を達しようとするならば、それはもはや「無法者」の世界といえるでしょう。 野心 抱負の類語の9つ目は「野心」です。 「野心」の正しい意味は「密かに抱く大きな望み」です。 しかし「身分不相応のよくないのぞみ」という説明も加わります。 (Goo辞書より引用) 「密かに抱く大きな望み」までは「抱負」とほぼ同じ意味合いだと判断してもいいでしょう。 ただ「身分不相応のよくない望み」という事になってくるとちょっと状況が変わってきmすね。 こうなってくると「野望」と似てきてしまいます。 「野望」とは分不相応な望みの事を言いましたよね。 確かに望みというものは現状の自分の力量では遠く届かないところにあるものを掴み行こうとしているようなものですから、それを「抱負」にしてみてもおかしくはないという考えになってきます。 問題はその望みが、広く一般的に世間に受け入れられる平和的なものであるかどうか、が考えの分岐点になってきそうですね。 例えば平々凡々な普通の男性が「世界征服」をしたい、という望みを持ったらどうでしょう?「世界征服」ともなれば大人しくしていて手に入るような代物ではありませんよね。 下手をすれば武力を行使した実力闘争になってしまう恐れもあります。 ただ、時代がかつての戦国時代のように国中が乱れていた時代なら十分「抱負」としても成立ったかもしれません。 要するに人々の幸福、幸せといった価値観に重きが置かれているのなら。 そのような「野心」や「野望」も立派な「抱負」となる、という事でしょう。 その時々の時代背景によって「抱負」の概念も微妙に変化していく、といえそうですね。 大志 抱負の類語の10個目は「大志」です。 「大志」、いい言葉です。 皆が知っている素晴らしい言葉もありますよね。 「少年よ、大志を抱け」。 クラーク先生がおっしゃった名言です。 本当に素晴らしい言葉です。 とにかく「抱負」を持つためにはこの「大志」がない事には始まりません。 そもそも「抱負」というものはこの「大志」をはじめとして「憧れ」「願望」「計画」「希望」「野心」「野望」といったものが複雑に絡み合った末に自身の一本の気持ちとして心の中に組み立てられるものです。 そういった意味ではこの「大志」も欠くべからざるものなのです。 「大志」は「夢」とも似通ったものともいえるでしょう。 または「大きな望み」ですね。 とにかく人間は「何かをやり遂げるぞ!」という意気込みなしには何も始まりません。 中には一生、そんな思いをこれっぽっちも出さずに人生を終わる人もいるかもしれません。 しかし、それはある意味、人生における「大罪」かも分かりませんよね。 人間がこの世に生を受けて誕生したからには、事の大きい、小さいは別にして何らかの行動を起こさなければなりません。 それが例え世のため人のためにならないくらいのちっぽけな事であっても、やった人間に対して批判を行う人間は下の下でしょう。 そのためにも、若いうちに「大志」を抱きましょう。 希望を叶える力は誰にも平等に備わっているはずですからね。 夢 「抱負」の類義語の最後の11個目は「夢」です。 そう、先ほどからも何度も出てきていましたね。 「夢」は全ての行動、行いの原動力となるものであり、「憧れ」の次にやってくる物事の根本的な動機付けという位置づけになるでしょう。 勿論、思い描いた「夢」が全て実現出来る訳ではありません。 人生はそう生易しいものではありません。 思い描いた「夢」が分不相応過ぎて、いきなり挫折を味わい、「もう二度と夢などみるものか!」という思いになってしまかも分かりません。 まあ、それはそれで致し方ないかも分かりませんね。 その夢のおかげで現実を直視することができたのです。 この成果はそれはそれで非常に大きなものとなります。 世の中、実現不可能な本当に夢のような世界ばかり追い求めている人間もいますからね。 早めに夢と現実の境界線を悟る事が出来たのは、儲けものだったかも分かりませんよ。 とにかく、抱負について語る時、「夢」の存在を抜きには語れません。 夢があるからこそ、それを具体化した抱負を語れるのです。 そういった意味では「夢」は全ての創造物の最初の具現化されたもの、といえるのでしょうね。 ️今年の抱負、達成できそうですか? 如何だったでしょうか?「抱負」について今回はご紹介させていただきました。 ご紹介致しました中身は、 ・抱負の意味 ・抱負の語源 ・抱負の例文 ・抱負の類語を11個 です。 「抱負」とは心の中に持っている計画であり、心の中に抱く決意の事を言うのでしたよね。 そして「抱負」とは人々の幸せと幸福とを追求した平和的なものである、という事も分かってきました。 そういった点では「野望」や「野心」とは似た部分もありながら本質は微妙に違ってくる、という事でしたよね。 さて、皆さんの間でも「抱負」というものを心の中にお持ちでしょうか?もし何かやりたいことや将来の夢がしっかりとあるのならきっと人に言わないだけで立派な「抱負」をお持ちなのでしょう。 「抱負」を持つためには夢や願望、希望や憧れといったものが相乗的に組み合わさって誕生してきます。 従って常に向上心に燃えて「何かを生産してやろう」、あるいは「創造してやろう」、という知的好奇心を持った方にとっては抱負を持つことは案外、容易い行いかも分かりませんね。 「人間は死ぬまで勉強」というスローガンを抱えていらっしゃる方が結構、多いと思います。 そうやって何かに向かって挑戦心を燃やし続ける限り、老いるという事とは無縁な存在になれそうですね。

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「目的」「目標」「手段」「課題」の意味の違いと使い分け

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日本における目標管理 日本では昭和40年代に目標管理の第一次ブームがあったが、さして定着することなくブームは去った。 その要因として、次の点が挙げられる。 業績を上げることに目標が置かれるあまり、具体的な数値目標として、「売上」の極大化と誤解された。 (売上至上主義)• 自主性を過大評価し、実施途中における組織の関与や行動プロセスが制度的に組み込まれなかった。 「目標」に対する「成果」を重視するあまり、成果に対する報酬という金銭的だけではなく、人は「情」によって動くものという「人間尊重」の考え方が欠落していた。 それは本来、MBOが狙ったものと裏腹のものであった。 「目標管理」は成果目標による進行管理であるが、自主性が無視された主義と混同されることも多い。 ただ、「目標管理」と言うかどうかは別にして、その考え方は日本の企業において自己申告制度など広く定着している。 この点は、幸田一男による『実践 目標による管理』(1993年発刊)に詳しい。 幸田によると、度重なる紹介にかかわらず、日本では不況のたびごとにMBOが引き合いに出され、結果重視の管理、成果主義、ノルマ主義が重視されるようになったと指摘されている。 反対論 目標管理には反対論も多く、特には、組織システムへの理解が欠如した目標管理の実践により、間違った方向への目標付けが行われると批判している。 更にデミングは生産目標を設定すると、あらゆる手段を投じてこの目標を達成するようになり、これは多くは低品質に繋がると述べている。 においては、経営者はリーダーシップ活用のために目標管理制度を放棄すべきだと主張している。 それはシステムを理解したリーダーは、労働者に対して目標管理によるインセンティブ付けを行うよりも、より有効なソリューションを導き出せるからだという。 デミングはまた、ドラッカーが「経営者には全体的な視点が要求される」と警告している点に触れて 、目標管理の運用者の大部分はドラッカーのその警告を無視していると述べている。 KPI 業績評価指標 やBSC バランススコアカード など数値目標管理の限界 業績評価指標 やBSC などによる数値目標管理の限界が指摘されている。 ビジョン・戦略・方針管理 VSA MBO目標による管理や、KPIやBSCなどの数値目標管理のこれら限界を克服する方法として、ビジョンの共有を重視した ビジョン・戦略・方針管理 VSA が普及してきている。 ビジョンでメンバーの意識を束ねてを高める効果がある。

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