風 が 強く 吹い て いる pixiv。 #風が強く吹いている #カケハイ sun shower

[B! animation] 風が強く吹いている 13話『そして走り出す』 アニメ/動画

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自室でパソコンを駆使するバイトに行き詰った俺は、休憩すっか、気分転換も大事だ、と。 ふらりと立ち上がり、台所に向かった。 そこで俺を待ち受けていたのは。 深夜の台所で、食卓にノートを広げて腕組みをしている、さっぱりとした顔立ちの男がひとり。 「よう、ハイジ、まだ寝ないのか」 「…ええ…なかなか、難問が片づいていかなくて」 「まあ、そうだろうなあ…」 ほとんどが陸上の素人ばかりのアオタケ住人だけで箱根を目指すなどと、常識では到底叶わないであろう夢物語を実現させるためには、難問また難問を乗り越えていかなければならないだろう。 眉間のしわを解いたハイジは、さわやかな笑顔で手招きをする。 「お茶でも、どうですか」 「ああ、俺が淹れてやるよ」 ハイジが腰を浮かしかけるのを制して、ふたつの湯呑みに熱いほうじ茶を注いで食卓に置く。 それから、ハイジの向かいの椅子に座った。 深夜にも、そして日々の激務にもかかわらず、涼しげな目をした男は、ずず、と茶をすすって、「ありがとうございます、うまいです」と、律儀に礼を言った。 「そうか、そんならよかった」 俺も湯呑みに手を掛けて、「なあ、ハイジ、」 おまえ、ひとりで抱え込むなよ、俺たちに出来ることがあれば、どんどん仕事を割り振らねえと、と。 今まさにバイトに追われている、自分の置かれた立場を顧みず、思わず口を開く。 …毎日、さんざん走って、禁煙と減量とバイトでよれよれだっていうのに。 それでも、ハイジのいつもと変わらない、飄々とした食えない笑顔の中に、かすかに浮かぶ疲労の色を見てとった俺は、そう言わずにはいられなかった。 俺の発言に、ちらりとノートに視線を向けて、そしてハイジは。 満面の笑顔で、ゆっくりとささやいた。 「…いいんですか、ニコチャン先輩…」 先輩にしか、頼めないことがあるのですが…協力してくれますか、と。 その笑顔の裏に、正体の掴めない罠が隠されている、と悟った俺の背中に、つうっと冷や汗が一筋流れた。 だが、すでに前言撤回出来るような状況ではないこともわかっている。 重々しくうなずいた俺の手を、ハイジはそっと握りしめた。 「ありがとうございます、先輩」 「…で、ハイジ、俺に何をさせようっていうんだよ」 ハイジは名残惜しそうに手を離してから、ノートのいちばん最後のページをめくった。 「我がアオタケ財政の、最終兵器です」 「…は…?」 俺はそこに挟まっていたものを見て、己の目を疑った。 「…ちょっと待て、ハイジ、それは、」 「ええ、ニコチャン先輩の写真です」 まったくわるびれたふうもなく、しれっとしてハイジは言った。 「どうですか、よく撮れているでしょう」と、至って真面目に同意を求められても。 「…どうって…」 目の前に並べられた十枚ほどの写真には、すべて俺が写っている 「…おまえ、いつの間に、こんな…」 どれも隠し撮りのようなアングルだ。 酔っ払って寝ている姿や、煙草をくわえて、視線を宙にさ迷わせている横顔、風呂上がりと思われる、上半身裸の写真まである。 「先輩もよく知ってのとおり、アオタケは常に財政難です」 経理担当の神童とも話しあったんですが、と。 ハイジは滑らかに言葉を続ける。 「ニコチャン先輩の作る針金人形の売上が、我がアオタケの収入源として、クローズアップされているのはもちろんご存じですね」 「ご存じっていうかなあ…まあ、そうらしいな」 もごもごと口ごもりながらうなずいた俺に、ハイジはここぞとばかりに畳み掛ける。 「もっと売上を伸ばすために、針金人形をお買い上げの女の子たちに、『私が作りました』と、人形の作成者であるニコチャン先輩の写真をサービスしたらどうだろう、という案が持ち上がりまして」 「…は…?」 「効果があると思いませんか、俺は相当売上が伸びると確信しています」 こいつには、動揺を気取られてはいけない、とわかっているのに。 俺は思わず、穏やかな笑みを浮かべるハイジの顔を凝視してしまった。 「…ハイジ…本気か…?」 「ええ、もちろん」 絶対に売れますよ、賭けてもいいです、と目の前の男は間髪入れずにうなずいた。 「…ちょっと待て、ハイジ、」 「事後承諾でもよかったのですが…さすがに、それでは人権侵害になるかな、と良心が疼きましたので、」 先輩本人の承諾を得られるのでしたら、さっそく明日からでも、と。 ハイジは、写真を一枚手に取り、ひらひらと振ってみせた。 「…ハイジ、勘弁してくれ…」 なんてやつだ、こいつは、やっぱり、笑顔の下は箱根駅伝出場のためなら手段を選ばない、鬼だ。 「俺の写真なんかに惹かれて、あんな人形買うやついねえだろう、被写体なら、おまえの方がよっぽど売れそうだ」 「先輩は、自己評価が低すぎます」 ぴしゃりとハイジは言い放った。 「針金人形の微妙なかわいさと、先輩の男らしい大人の魅力、そのギャップに女の子たちはときめくものです」 俺は深くため息を吐いた、こいつには、何を言っても無駄だ。 「先輩、これは、先輩の未来につながる話になるかもしれません」 俺はぐったりとうなだれながら、ハイジの詐欺師ばりの弁舌を拝聴した。 「もしかしたら、これが縁で、写真のニコチャン先輩を見初めた、先輩好みの清楚かつ可憐なお嬢さんが会いに来るかもしれません」 そして、仲が進展することもあるでしょうし、とハイジは両手の指を組んで俺の説得に余念がない。 …こいつの言うことをまともに受け止めていたら、神経が保てなくなってくる。 ずきずきと疼きはじめたこめかみを押さえ、俺は努めて平静な声を出した。 「…おまえ、煙草吸ってる俺の写真があるってことは…針金人形を売るためってのは口実で、ずっと前から俺や、もしかしたら他の住人たちの写真も隠し撮りしてたんじゃねえの…」 いつか、箱根のために、何かの役に立つこともあるんじゃねえかって…用意周到過ぎるだろ…ハイジ…。 反撃への一縷の望みを繋ぎながら、俺はかすれた声を振り絞る。 「あ、心配には及びませんよ、先輩」 大丈夫です、他の住人たちのものも、使用する前にはちゃんと本人の許可を取りますから、と。 悠然と答える、さすがハイジだ、まったくびくともしない。 「…勘弁してくれ…」 俺は再び呻いた。 いくらアオタケのためだからと言えども、アイドルでもあるまいし、俺の写真が見知らぬ人々の手に渡るなんて冗談にもほどがある。 呆然とした俺と、淡々とした表情のハイジが目と目を合わせる。 だめだ、この目を見ていたら、俺はうなずいてしまう。 ぎゅっと目を閉じようとしたとき。 食卓に並べられていた写真が、風のような速さで一枚残らず持ち去られた。 俺とハイジは同時におたがいの視線をはずし、顔を上げる。 そこには、写真をトランプみたいに広げて、それを射るような目つきで見つめているユキの姿があった。 「ユキ、いつのまに、」 驚きを隠し切れない俺を冷ややかなまなざしで見下ろしてから、ユキはハイジに告げた。 「…ハイジ、この写真、」 すべて、言い値で買おう、と。 凍りつくようなユキの声に、ハイジはにやりと片頬で笑った。 「ふむ…まあ、他ならぬきみのたっての頼みだ、売ってやらないこともない」 「回りくどい言い方をするな、ハイジ、ついでに俺の隠し撮り写真も引き取ろう、」 あとで取りに行くから、洗いざらい用意しておけ、もちろん、データの消去も確認させてもらう、と。 有無を言わせないユキの迫力に、さすがのハイジもうなずいた。 「わかった、ユキ、同級生のよしみだ、定価の七掛けで手を打ってあげよう」 …定価って、いくらなんだ、と突っ込む余力は俺にはもう残っていなかった。 よろよろと部屋に戻ると、写真を手にしたままのユキがついてきた。 「まあ、一応、礼を言っておくよ…ありがとうな、ユキ」 ユキはつん、とあごを持ち上げて、俺をにらみつけた。 「まったく、なんですか、この写真ときたら、」 無防備なところばっかり、と俺が責められるのはおかど違いというものだが、ユキの怒りがなんとなく。 なんとなく、やきもち、だとわかっているから。 「その写真…よかったら、おまえが持っていてくれねえか」 俺のささやきに、ユキはきれいな顔をかすかにゆがめた。 「…ええ、あんたが、万が一、浮気なんかしたら、」 あんたの写真の、喉仏めがけて五寸釘を打ってやります、と。 ユキは一枚の写真を俺に突きつけた。 汗まみれで、満面の笑顔を見せている…走ったあとの俺の写真だ。 「おっかねえなあ」 俺は肩を竦めてから、そっとユキを抱き寄せた。 「…あんたの、こんなにいい写真を、他の誰かに、」 渡したくない、と。 心底くやしそうにつぶやくものだから。 いつも、ぜんぜん素直じゃないくせに。 「…どうして、こんなにかわいいかなあ…」 思わず本音が出てしまう。 ユキは俺の肩に埋めていた顔を上げて、おもむろに喉仏にくちびるを寄せてきた。 「…俺は、いつだって、」 あんたの喉笛に噛みつけるんです。 そう言いながら、愛おしそうに首筋をあまく噛みはじめる。 …ああ、今夜は、もう仕事なんか手につかない。 ユキを寝かしつけたら、こっそりとハイジから、このかわいい恋人の写真をすべて買い取ろう。 ユキが提示した金額の、倍でも、三倍でも…言い値で買おう。 胸の中で決意をしてから。 俺の写真が散らばった、万年床の上にゆっくりと。 ユキの細身を横たえて、そっと眼鏡をはずして。 潤む瞳を独り占めした。 好きだ、おまえに喉笛を噛み切られるのなら本望だ、と低くささやく。 呼応するように両腕を伸ばして俺を求めるユキに、ゆっくりと。 覆いかぶさり喉を晒した。

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#風が強く吹いている #カケハイ 日々(短いものまとめ3)

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[chapter:1] 「なんだ、結局カケルだけか」 ユキはそう言って、扉を開けて居酒屋に一人で入ってきたカケルに手を振った。 「悪かったですね、俺だけで」 「聞こえたか」 ユキは別に悪びれる様子もなく、笑った。 「まあ、箱根の慰労会は、またあらためて企画するから」 カケルがユキから電話をもらったのは、一時間近く前だった。 『灰二と偶然会って飲んでる。 もし都合がつくなら出てこないか? アオタケで来られるやつがいたら誘ってくれ、奢るよ』 寛政大の二回目の箱根駅伝が終わって、一月以上が経っていた。 OBに会うのは、それから初めてのことだった。 カケルはユキの前に座っている人物にペコッと頭を下げた。 「お久し振りです、灰二さん」 清瀬は微笑んで言った。 「箱根の取材は落ち着いたのか? カケル」 「はい……」 「まあ、ここに座れ」 清瀬は自分の隣の椅子に置いてあった荷物を除けようとしたそのとき、 「あっ……」 椅子に置いてあった紙袋がひっくり返り、中身が床に散らばってしまった。 「これ……」 あわてて一つ拾ったカケルは、手の中のそれを思わずじっと見てしまった。 「チョコレートだろ」 ユキが覗き込んで言った。 清瀬は他にも床に散らばった包みを拾い、紙袋に戻した。 「なんで、こんなにたくさん……」 「カケル、バレンタインデーって知ってるか?」 ユキがからかうように言った。 「知ってますよ、俺だってそれくらい」 カケルは口を尖らせた。 「でもユキさん、今日はまだ13日でしょう、バレンタインデーは明日ですよ」 「へえ、よくできました。 正解」 「ユキ、からかうな」 カケルはチラッと清瀬を見た。 包みをすべて紙袋に戻して、ユキの隣の椅子に置いている。 ユキがカケルを見上げて言った。 「カケル、明日は土曜日だ。 会社は休みだから、会社の女にもらうのは今日だ」 「あ……」 カケル、まあ座れよ、と灰二が椅子を引いて、カケルはやっと腰を下ろした。 「そういやユキはもらわないのか? チョコレート」 「俺の事務所は、そういうのは無しって取り決めだ」 「なるほど」 「おい、カケルはどうなんだよ?」 「え? 俺ですか?」 急に話をふられて、カケルはきょとんとしてしまう。 「キャーキャー言われてんじゃないのか? なあ」 ユキがにやにやしながら聞いた。 「俺は、べつに、です」 これはほんとうだとカケルは思う。 二月に入って、毎日大学に行く必要がなくなり、今日もそうだったのだが、顔を合わせる女の子といったらマネージャーくらいだ。 葉菜ちゃんが、みんなで食べてと差し入れてくれたお菓子をバレンタインデーにカウントするなら、一つはもらった。 ユキが、ほれ、とカケルにメニューを差し出した。 「昔アオタケまで来た子、いたよな、灰二」 「そうだったか」 「ああ。 清瀬くんいますかー、なんて。 毎年ちがうのがやってきた」 カケルはメニューを広げながら聞いていた。 「しかも、何人もだ」 「おい、ユキ。 別に全員と付き合っていたわけじゃない」 カケルはメニューの文字を追っているふりをしていた。 「会社でもらったのも、ただの義理だ」 カケルはさっき見た紙袋の中身を思い出していた。 確かに、そのへんのスーパーで売っているようなチョコもあったが、綺麗に包装されリボンが付いたものも混じっていた。 ああいうのも義理なのか? 「おいカケル、飲むもの決まったか?」 ユキに聞かれて、カケルはハッとして顔を上げた。 「あ、えーと」 ユキをぼんやり見てしまった。 「すみません、生ひとつ」 ユキが、カケルの答えを待たずに注文した。 「カケルは学生だから土日は関係ないな。 明日、お前目当てに、アオタケに女の子が押しかけてくるんじゃないか?」 ユキがまたからかうように言うと、カケルはユキを軽くにらんだ。 「き、来ませんから!」 「照れるなよ」 どうしてこんなにおもしろくないのか、その理由はカケルには分かっていた。 「照れてません!!」 「あー、もう、わかった、わかった、でかい声だすな」 カケルはわずかに首を動かして、隣の清瀬を見た。 普通に目が合ってしまい、慌てて目をそらす。 話題はすぐに今年の箱根駅伝のことに移った。 乾杯のとき、清瀬が「二年連続、区間新おめでとう」と言った。 「ありがとうございます」と答えて、しかしカケルは紙袋の中身が気になってしょうがない。 ときどき相槌だけで返事をしてしまう。 誰のせいだと思ってるんだ……カケルはそう大声で聞いてみたい衝動にかられる。 しかし、当の本人はいつもの様子で話し続けている。 カケルは思い出していた。 『カケルが好きだ』 灰二さんはそう言った。 箱根を走った翌日、俺からかけた電話で、確かに言った。 俺は『好き』の意味をずっと考えていた。 やっぱりそういうことなのか? でもそうだったら、こんなにチョコレートをもらってこないだろう。 そういう意味での『好き』ではないのか? 俺はあのとき「はい」と答えた。 ただそれだけ答えて……話は終わった。 俺がもっとちゃんと返事をしていたら、何か変わっただろうか。 あの『好き』は、もう時効になってしまったのだろうか。 「……ケル、カケル」 「あ、はい」 「なにぼんやりしてんだ。 まだ疲れてるのか?」 ユキがカケルの目の前で手を振った。 「すみません、大丈夫です。 ちょっとぼーっとしていただけで」 その店で、結局カケルは最後まで曖昧な返事を繰り返し、しまいには、ちゃんと寝てんのか? とユキに心配されてしまった。 カケルがまたチョコの話に触れたのは、店を出た後だった。 JRの電車に乗るユキと別れ、清瀬と私鉄の駅に向かって歩いていた。 「あんなにたくさん貰うものなんですか?」 「ん?」 「あの、チョコ……」 「ああ。 いろんな部署の人にもらったからな。 でもまあ、義理だ」 そうじゃないのも混じってると思いますけど、とカケルは思う。 しかし、自分がどんな立場で何を言えばいいのか、分からない。 「あの、そのチョコどうするんですか?」 カケルは、清瀬がチョコを好んで食べていた記憶がなかった。 清瀬はクスッと笑った。 「うーん、確かにちょっと多いとは思うが……カケル、少しアオタケに持って帰るか?」 「えっ!?」 持って帰る? 後輩にあげてしまうのか? カケルは腹立たしい気持ちになった。 その程度のことなら、貰わなければいいんだ。 カケルは急に立ち止まって、言った。 「俺だったら貰いません」 「え?」 清瀬も立ち止まって、カケルを見た。 「もし誰かがアオタケにチョコを持って来てくれても、俺は貰いませんから」 「ああ、さっきの話……」 「俺は言いますから。 好きな人がいるって、ちゃんと断ります」 「……」 清瀬は黙ってカケルを見ていた。 カケルは目をそらして言った。 「へ、返事です! 俺も好きって、この前の電話の、返事です」 もしも清瀬に「好きとは、そんなつもりで言ったのではない」と言われたら、すみませんでしたと謝って走ればいいとカケルは思った。 走って逃げたら清瀬は追いつけない。 なさけない顔を見られることもない。 清瀬は突然カケルの腕をつかんだ。 「な、なに? 灰二さん」 「今、逃げようと考えていただろう」 「えっ」 「なあカケル、少し話さないか」 清瀬はカケルの腕を持ったまま改札を抜けて、アオタケとは反対方向の電車に一緒に乗った。 [chapter:2] 清瀬は玄関の扉を開けて、カケルを先に中に入れた。 一人暮らしの部屋、玄関は男二人が立つと窮屈だった。 カケルは靴も脱がずに突っ立っている。 「どうした? あがれよ」 「あ、はい」 カケルはのろのろと靴を脱いだ。 カケルがここに来るのは、引っ越しの手伝いを入れて三度目だと清瀬は思い出していた。 しかし、一人きりで来るのは初めてだ。 カケルが玄関から続く台所に入ると、「座ってろ」そう言いながら清瀬はカケルを追い越して、寝室でコートとジャケットを脱いだ。 ネクタイと時計も外して、台所に戻り、ヤカンに水を入れ火にかける。 「それ、沸いたら止めてくれ。 先に風呂の用意をしてくる」 「あ、はい」 清瀬はクスッと笑って言った。 「座れよ」 「あ……」 カケルはたった今気が付いたように椅子を引き、腰かけた。 そのぎこちない仕草に、清瀬はまた微笑んで、洗面所に入っていった。 カケルはまるで心ここにあらずだな、と清瀬は思う。 自分から誘うようなことを言ったくせに。 やがてヤカンが沸騰する音がして、カケルは立ってコンロのスイッチを切った。 「沸いたか」 清瀬はタオルで手を拭きながら、洗面所から出てきた。 「はい……」 「風呂に湯が入るまで、お茶でも飲もう」 清瀬はカケルの横に立って、素早く急須に茶葉を入れ始める。 カケルは黙って清瀬の手元を見ていた。 「うん、体形が似ているのは便利だな」 風呂から上がって台所に入ってきたカケルを、清瀬は頭からつま先まで見て頷いた。 「ありがとうございます、スウェット貸してくれて」 そう言いながら、視線が落ち着かないカケルを、清瀬は黙って見ていた。 風呂上り、頬が上気しているせいで、普段より更に幼く見える。 少し話さないかと言ってカケルを部屋に連れてきた。 しかし…… 「何もないなら、もう寝るか」 清瀬が椅子から立ち上がった。 「……はい」 清瀬が台所の時計を見ると、日付が変わっていた。 いつもなら、カケルはもうとっくに眠っている時間だろう。 清瀬の後から、カケルが寝室に入ってきて言った。 「じゃあ、灰二さん、俺布団敷きます」 清瀬は振り返って言った。 「ないぞ、客用布団なんか」 「え? じゃあ、俺はどこで?」 清瀬はカケルの目を見て言った。 「ベッドだ。 セミダブルで男二人には少し狭いが、我慢してくれ」 カケルは呆けたように清瀬を見ていた。 「カケル?」 「あ、はい」 「ベッドだ、カケル」 「あの……」 「ん?」 「そ、それは、ちょっと……」 カケルの頬が、ますます上気してくる。 清瀬は後ずさるカケルの腕をつかんだ。 「なんだ? 駅ではカケルから誘うようなことを言っておいて?」 「いや、でも、それは」 清瀬は、カケルに好きだと言われて胸が熱くなった。 しかしそれと同時に、少し腹立たしくもある。 おかしな感情だと清瀬は思う。 あの電話、俺はただ『好きだ』と言っただけだった。 カケルの方で、冗談にも、親愛の感情にもできたはずだ。 なのにカケルは……。 ほんとうに好きなことにしてしまった。 清瀬はつかんだ腕を引き寄せて、カケルを抱きしめた。 カケルの肩にぎゅっと力が入る。 清瀬はカケルの肩越しに、チョコレートの入った紙袋を見た。 さっき帰宅したとき、バッグと一緒に寝室の床に置きっぱなしにしていた。 あれのせいなのか? と清瀬は思う。 カケルがあわてて好きだと言ったのは。 「カケルの身体から、うちの石鹸の匂いがする」 そう言って清瀬は、カケルの首筋をすんと嗅いだ。 なんだ、きみが嫉妬する必要などないのに。 「ふあっ」 「色気のない声だな」 「……悪かったですね」 どうなるんだろう? と清瀬は思う。 もし耳をかんでみたら? キスをしたら? 裸の肌に触れたら? カケルはまたおかしな声を出すんだろうか? 「灰二さん……話は? 少し話さないかって、駅で言ってた……」 「ああ」 清瀬は抱きしめる手に力を入れた。 「話は、ある」 長い話だ、二年間思い続けてきた。 でも、もういいだろうか? カケルを、自分のものにしてもいいだろうか? 「うん。 でも、それもきみのせいだ」 「え?」 「きみが、両想いにしてしまったから」 清瀬はカケルの首筋に顔を埋める。 唇が軽く触れた。 「……意味が、分かりません」 「きみのせいだ」 「……」 「ずっと好きだった」 カケルの身体から、少し力が抜けた。 それから清瀬は、カケルが吐息のような声で、「いいです、俺のせいでも」と言うのを聞いた。 「……いいです」 とカケルはもう一度言った。 [chapter:3] 朝目を覚ましたとき、カケルはベッドの真ん中で、一人で毛布にくるまっていた。 側に清瀬の気配はない。 寝室のドアが少し開いていた。 台所から、食器が触れ合う音と、コーヒーの香りがしてくる。 カケルは枕元の時計に手を伸ばした。 朝ジョグの時間はとうに過ぎている。 ……起きて、行かなきゃ。 しかし毛布から出した素肌に、ひんやりした空気を感じて、カケルはあわててまた毛布に潜る。 毛布の柔らかな感触、清瀬の匂いに、カケルはもう少しこのままでいたいと思った。 そのとき、台所でインターフォンが鳴り、カケルはビクッと身体を震わせた。 誰かが訪ねてくるには、少し早い時間だと思う。 「はい」応じる清瀬の声が大きく聞こえてきた。 インターフォンからは若い女性の声が聞こえる。 しかし話の内容まではカケルにはよく聞き取れなかった。 「あ、はい……はい」 すぐにインターフォンを切り、清瀬が玄関の鍵を開ける音がした。 いったい誰が来たというのだ? どうしよう、どうしたら? カケルは小さくパニックになっていた。 しかし服を着ていない姿でベッドから出るわけにもいかない。 今度はインターフォン越しよりも、はっきりと清瀬と女性の会話が聞こえてきた。 「ごめんなさい、休みの日に。 これを渡したくて」 「あー……」 チョコレートか? とカケルは思った。 夕べ居酒屋で、そんな話をした。 カケルの心臓の響きが速くなってきた。 二人の会話を聞きたくない、聞きたくないが気になってしょうがない。 そのとき、 「申し訳ない」 きっぱりした清瀬の声が聞こえてきた。 「申し訳ないけど、ここまで来てくれた気持ちを受け取るわけにはいかない」 「え」 「好きな人がいるので、すみません」 「でも」 「今日、来てくれているので」 カケルは、あっと声を出しそうになり、自分の口を押えて、毛布の奥に潜り込んだ。 心臓の音がおさまらない。 扉が閉まる音がして、足音が近付いてきた。 清瀬が寝室に入ってくる気配がする。 「カケル」 毛布の上から、清瀬がカケルの身体に手を置いた。 「起きてるんだろう?」 「……」 「カケルもこうやってチョコを断るんだよな? 夕べそう言ってたな」 「……」 「返事は? カケル」 「……はい」 清瀬は口角を上げて微笑んだ。 「ああ、彼女は同僚で、会社の飲み会のあとに車で送ってもらったことがある。 ただし二人きりじゃないぞ」 「……そんなこと、俺、聞いてません」 「へえ、カケルは毛布の中で、めそめそ泣いてるかと思ったが」 カケルはがばっと毛布をはいで言った。 「泣いてない!」 カケルの裸の半身に、いくつも痣のような夜のしるしがあった。 しかし髪には、派手な寝癖がついている。 ふっ、ふはは……清瀬は笑って言った。 「とりあえず、コーヒーを入れたから、飲もう。 あ、そうだ、昨日もらったチョコでも食べるか?」 「だから……!」 カケルが真っ赤になって、怒りだす前に、清瀬は素早くキスをした。 おしまい.

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玄関を抜け、手を洗うために洗面所へ向かう。 その途中、ちらりと覗いたリビングで、灰二はソファに座って本を読んでいるようだった。 もう、見慣れた光景。 「ただいま」 「おかえり」 声を掛けると、本から目を離すこともなく灰二が答える。 予定では灰二は今日、飲み会で遅くなると言っていたはずなのに、どうしてこんなに帰宅が早かったのだろう。 ダイニングのテーブルに既に料理が並んでいること、帰ってから一度も目が合っていないことが重なって、かすかな違和感を覚える。 ソファの横に立つと、ようやく灰二が文庫本を伏せて見上げてくる。 吸い寄せられるようにかがみこんで口づけた。 「……なに、いきなり」 「いえ、別に。 だめでしたか?」 「だめでは、ないけど」 灰二の様子がどこか落ち着かないように感じるのは、なにかあったからではないか、と勘繰ってしまう。 そう、今日の練習のとき、グラウンドで見た〝えらいひと〟。 にこやかに話す灰二の声までは聞こえなかったけれど、その手はずっと〝えらいひと〟に握られたままだった。 肉付きがいい割にはちっとも柔らかくなさそうな手が、灰二の華奢な手を握手のかたちに握ったまま離さず、時折もう片方の手で甲を撫でる。 思い出して、自分がそうされたかのように鳥肌が立った。 ずいぶん早い帰宅、なぜかいつもより品数が多いように見えたキッチンの料理たち。 それは、グラウンドで見たあの光景と何か関係があるのではないか。 「今日、早かったんですね」 「うん、まあ」 「飯、ありがとうございます。 なんか、豪華じゃないですか?」 「そうかな」 走の質問に、灰二はまた本に目を落としながら答える。 やはり、それとなく聞き出そう、なんてのが通じる相手ではない。 ここは直球で訊くしかない、だって気になるから。 灰二がモテるのはずっと昔からだ。 学生時代は女子生徒から、今は女子社員から。 ちらちらと秋波を送られているのには、さすがの走でも気づく。 でも、その端正な外見と巧みな話術が惹きつけるのは異性だけではない、と気づいたのは、最近のことだ。 まだ左手で文庫本をめくっている灰二の隣に腰を下ろし、右の手を取ってきゅっと握る。 その指先は、少し冷たい。 「昼の人。 誰ですか、あれ」 質問の意図に気づいたのだろう、灰二が、ふう、と重いため息を吐き出す。 「見てたんだな。 スポンサーの、まあけっこう上のほうの人だよ」 「あの人たちと飲み会、っていうことじゃなかったんですか」 「行かなくてよくなった」 やっぱり詳しく話す気はないらしいが、おおかた、グラウンドでの様子を見た上の人間が、灰二を遠ざけるように図らってくれた、というところだろう。 実は、前にもそんなことがあったと聞いたことがあるし。 握った手をぶらぶらと弄びながら、考える。 別に、灰二が〝えらいひと〟 にどうこうされてしまう、みたいな、漫画のような展開があるとは思っていないし、まして、灰二が〝えらいひと〟に心変わりしてしまうかも、なんて考えているわけでもない。 ただ、嫌なものは嫌なのだ。 灰二に不快な思いをしてほしくないというのは、もちろん。 あとは、誰かに邪な意図をもって触れられている灰二を見たくない、という幼稚な独占欲。 結局、返す言葉を見つけられず、手を握ったまま灰二の肩にごろんと頭をもたせ掛ける。 髪が首筋に触れてくすぐったいのか、灰二が笑いながら頭を振った。 「どうしたんだ」 「別に。 あんたが甘えてくれないから、俺が甘えてます」 ふふふ、と笑った灰二が、ようやく文庫本を閉じる。 そして、重なった手がぎゅっと握り返された。 今度はため息ではない、身体の空気が抜けるような長い息を吐いて、灰二が笑う。 「走はすごいなぁ」 「何がですか」 「触るだけで人を癒せるんだぞ。 握手だけで人のやる気を根こそぎ奪うようなおじさんだっているっていうのに」 思わず顔を上げると、優しい笑顔があった。 「ありがとう、走」 「なんにも……なにも、できなくて、俺」 「ん? 充分だよ」 握った手が、絡めるやり方で繋ぎ直される。 「……料理いっぱい作ってメンタル回復してくれるのもいいですけど、ちょっとは俺のことも頼ってくださいね」 テーブルにちらりと目をやってから言うと、バレてた、と灰二が笑う。 「きみは、あんまり嫉妬させると、すぐセックスがしつこくなるから」 吹き込まれた予想外の言葉に、ざっと顔が熱くなる。 「し、っと、じゃなくて、心配してるんですけど!」 「うんうん、そうだな、悪かった」 ちっとも悪いと思っていなさそうな返事が憎たらしい。 でも、このぶんなら心配したほど深刻な状況でもなさそうだ。 重なった指ももうすっかりあたたかい。 話す必要がないとあなたが思うなら、それでもいい。 もし本当に、俺がそばにいるだけであなたの心が軽くなるのなら、俺はいくらでもそばにいる。 そこは許してもらわないと。 「……キスしていいですか?」 「だめ」 「なんで」 「もう夕飯にするから」 たくさん作ったからな、と笑う灰二に食い下がる。 「一回だけ」 「一回、ってなんだ」 「一回は一回です、唇がくっついて、離れたら一回」 灰二の脚を膝でまたいで乗り上げ、その琥珀色の瞳を見下ろすと、諦めたらしい灰二が軽く息を吐いて身体の力を抜く。 「本当に一回だな?」 「はい。 なので、息、思いっきり吸ってください」.

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