平成何年まであったか。 平成っていつから始まった?西暦と昭和何年何月何日で終わったのかも紹介! | 高齢者のための役立ち情報ブログ〜3歩進んで2歩下がる〜

元号はいくつあるの?平成の次の新元号は何個目?

平成何年まであったか

期間は、 1868年の10月23日から1912年の7月30日までです。 一般的に明治維新の年は、1867年を指すので約45年間続いた時代です。 大化から数えて244番目の元号になります。 大正はいつからいつまで? 大正は、 大正15年までの約14年続きました。 期間は、 1912年の7月30日から1926年の12月25日までです。 期間は、 1926年の12月25日から1989年の1月7日までです。 昭和の場合は、元年と64年の期間が非常に短いのが特徴ですね。 これが、何年まで昭和だったのかを、忘れやすくしていますね。 平成はいつからいつまで? 平成は、 平成31年までの約30年続きました。 期間は、 1989年の1月7日から2019年の4月30日までです。 例えば令和11年なら18を足すと、29なので西暦2029年だと分かります。

次の

平成何年は令和で何年?自動変換計算機

平成何年まであったか

スポンサードリンク そもそも元号(年号)はいつから、どうやって始まったの? 元号がいくつあるのかの前に、 そもそも元号は いつから、 どのようにして始まったのでしょうか? 調べてみると、 元号はそもそも 中国から伝わったもの だということがわかりました。 紀元前115年頃の中国は、 前漢(ぜんかん)という王朝が 中国全土を支配していました。 その前漢の皇帝を 武帝(ぶてい)といい、 元号はこの武帝の時に初めてつくられました。 その時の一番最初の元号を 建元(けんげん)といいました。 それから中国の最後の王朝である 清(しん)が滅亡するまで 元号の歴史は続いていきました。 その間に元号は、 朝鮮半島や日本、アジア各国に 広まっていきます。 日本に元号が伝わったのは、 飛鳥時代の592年から710年あたりだということが 今の所の有力な説です。 その説を裏付けるように、 日本の一番最初の元号である 大化は645年に始まっています。 なんとも壮大な歴史が 元号には秘められていることに とても驚きましたし、 それが途絶えることなく 続いていることに誇りを感じますね。 スポンサードリンク 平成の次の元号(年号)は何個目の元号なの? それでは平成の次の新元号は、 一体何個目の元号になるのかについて 紹介したいと思います。 調べてみると、 まず元号には2つの異なる 数え方があるようです。 1つは日本の 南北朝時代には 元号が 北朝と 南朝で2つ存在したために、 この2つを合算して数える数え方。 もう1つの数え方は、 南朝を 正統の朝廷として、 南朝の元号のみを数える数え方です。 南北朝合算の場合の年号の数は、 平成までで247個。 (新元号は248個目) 南朝のみを数えた場合は、 平成までで231個です。 (新元号は232個目) ちなみに南朝時代には 8個の元号があったようです。 247個もの元号があったことにも とても驚きましたが、 日本に2つの朝廷があり、 それぞれが違う元号を使っていたなんて 全然知りませんでした。 まるで今の韓国と北朝鮮のようですね。 その時の日本がどういった国だったのか とても興味が湧いてきますね。 ところでこの247個の元号には、 同じものが1つもありませんが、 何回も使われている漢字はあります。 そこで次に、 元号に使われている人気の漢字(笑 をランキングにしてみました。

次の

平成は何日

平成何年まであったか

「元号」とは? 読み方は 「げんごう」です。 特定の年代に付けられる称号のことで「年号(ねんごう)」と呼ばれることもあります。 「元年」とは? 読み方は 「がんねん」です。 元号が改まった最初の年や、天皇即位の最初の年という意味があります。 「年度」とは? 年度とは、 特定の目的のために規定された1年間の区切り方です。 多くの場合用いられているのは、官公庁などが予算を執行するための期間である 「会計年度」、学校など学年の切り替わりを目的とした 「学校年度」です。 会計年度と学校年度はどちらも4月から3月までを区切りとしています。 一般的に「年度」といえば、4月から3月までの区切りを指しますが、ほかにもさまざまな「年度」があります。 たとえば、7月から6月までを区切りとしている「麦年度」や、9月から8月までを区切りとしている「いも年度」、10月から9月までを区切りとしている「大豆年度」などがあります。 ここでは、一般的な「年度」である4月1日から3月31日までの区切りで考えて行きます。 令和元年度はいつからいつまで? 昭和から平成に改元された時を思い出してみましょう。 昭和64年(1989年)1月7日に昭和天皇が崩御され、翌日1月8日から元号は「平成」となりました。 この時は、 昭和63年(1988年)4月1日~平成元年(1989年)3月31日が「昭和63年度」でした。 そして、 平成元年(1989年)4月1日~平成2年(1990年)3月31日が「平成元年度」となりました。 ですので、 昭和64年度は存在しませんでした。 さらに一つ前の、 大正から昭和に改元された時はどうだったのでしょう? 大正15年(1926年)12月25日に「昭和」に改元されたので、「昭和元年」は12月25日~12月31日の一週間だけでした。 この時は、 大正15年(1926年)4月1日から、改元され12月25日に昭和元年(1926年)となり、さらに新年になり昭和2年(1927年)を迎え、3月31日までが「大正15年度」でした。 そして 昭和2年(1927年)4月1日から昭和3年(1928年)3月31日までが「昭和2年度」となりました。 ですので、 昭和元年度は存在しませんでした。 このように、 4月1日時点での元号の年が、その後、途中で改元があってもそのまま年度として3月31日まで使われるということがわかります。 この考え方を踏まえて考えると、令和へ改元されるのは5月1日ですので、 4月1日時点では平成31年です。 よって、 平成31年(2019年)4月1日~令和2年(2020年)3月31日までは「平成31年度」となり、 令和2年(2020年)4月1日~令和3年(2021年)3月31日までは「令和2年度」となるため 「令和元年度は存在しない」となります。 令和元年度は存在する しかし今回は、政府が以下のように発表しました。 「国の予算における会計年度の名称については、原則、改元日以降は、当年度全体を通じて『令和元年度』とし、これに伴い、当年度予算の名称は、各府省が改元日以降に作成する文書においては『令和元年度予算』と表示するものとする」 これは、国が行う 「会計年度」に限って「令和元年度」とするということです。 つまりどういうことかというと、平成31年(2019年)3月に成立した「平成31年度予算」は、4月30日までは「平成31年度予算」と呼ばれますが、令和元年(2019年)5月1日からは「令和元年度予算」になります。 「令和元年度予算」の期間は平成31年(2019年)4月1日~令和2年(2020年)3月31日ですから、改元日の一ヶ月前に遡った期間も「令和元年度」に含まれます。 簡単に説明すると、 「改元日は5月1日なので年度の呼び方はこの日から変わりますが、令和元年度という期間が始まるのは4月1日から」ということになります。 このように国が行う 「会計年度」に限っては平成31年(2019年)4月1日~令和2年(2020年)3月31日までが「令和元年度」となります。 年度に関して明確なルール、法律などはありませんので、国の予算に関すること以外は組織や団体の判断に任せるようですが、国に合わせて「令和元年度」にすることが一般的だと考えられます。 平成31年度はいつからいつまで? これまでと同じように考えれば、 平成31年(2019年)4月1日~令和2年(2020年)3月31日までが 「平成31年度」となりますが、 政府の発表にほかの組織や団体が従うと考えると 「平成31年度」は存在せず「令和元年度」となります。 「令和元年度」と「平成31年度」どちらが正しい? しかし、「平成31年度」と「令和元年度」を併記したり、新年度の始まりの元号を優先して「平成31年度」を用いることもなんの問題もありませんので、 組織や団体によっては「平成31年度」を用いることがあるかもしれません。 少々ややこしいように見えますが、「平成31年度」は「平成が一ヶ月間だけ」と考えると、「令和元年度」にしたほうがしっくりくるような気がしませんか? とはいうものの、政府の発表があったからといって「すべてにおいて令和元年度にしなければならない!」というわけではありませんので、「令和元年度」と「平成31年度」が混在することは理解しておいたほうが良いのではないでしょうか。 どちらも正しく、どちらを使っても良いのです。 関連: 関連: 関連: 関連: -.

次の