中央日報 朝鮮日報。 日本語で読める韓国新聞サイト 朝鮮日報・中央日報・東亜日報・東洋経済日報

東亜日報

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韓国国内の新聞社ですからね。 そうした書き方をするのは当然です。 むしろ日本は日本国内の新聞が日本叩きをするというパターンが見られますが、むしろこちらの方が意味不明です。 ではこの 中央日報と日本の国内紙である朝日新聞には何か関係があるのでしょうか?• テレビ朝日は中央日報が設立するテレビ新局(JTBC)に全体の3. テレビ朝日の親会社である朝日新聞社は中央日報の競合紙である東亜日報とも提携• テレビ朝日の親会社である朝日新聞社は中国共産党の機関紙「人民日報」とも提携 見ると一発で分かりますが、日本の国内紙である朝日新聞は、朝鮮の国内紙だけでなく中国の国内紙とも提携しています。 そして、中央日報にいたっては出資をしている事実。 グローバル!といえばそれまでですが、こうした関係を元に見てみると、反日三羽烏の中に朝日新聞がなぜ入っているのかが分かります。 戦前の朝日新聞は愛国新聞だった• そうしたこともあり戦前には散々戦争を煽りまくった記事や日本優勢の誤報記事を掲載• 戦後、日本が敗戦したことでそれらが捏造記事だったのが世間にバレる• 販売部数減少を危惧した朝日新聞は「日本政府が真の悪」として煽ることで国民を味方につける作戦を実行• それが功を奏し、その後は現在に至るまで「反日新聞」を貫いている とはいえ、個人的に思うことは「そこまで色々考えてないんじゃないか」という説です。 戦前に愛国心の名の下、戦争を煽った記事を書き続けたのは、そうした記事が売れるから。 ただこれだけだった気がしてます。 (その当時生きてないので真相は不明ですが・・) で、戦後になって若者による共産主義の蔓延(学生運動など)という社会の潮流から、反政府的な内容が売れるということで、バリバリ反日記事を書きまくったのではないかと。 その中で朝鮮や中国と提携していったという考えです。

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反日保守の朝鮮日報も、次期首相に石破茂氏を期待する記事を掲載!!今や韓国の反日勢力の期待の星が石破氏!!親韓政権、否、従韓政権など国民は望んでいない!!!

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コ報道官は17日、懸案ブリーフィングで、「朝鮮日報は『国債補償、東学運動1世紀前に戻ったような大統領府』という見出しを日本語版では『解決策を提示せず、国民の反日感情に火を付ける韓国大統領府』(現在削除)に変更して提供した」と明らかにした。 彼はまた「現在もヤフージャパンの国際ニュース面には中央日報のコラム『韓国は日本をあまりにも知らなすぎる』、朝鮮日報の『外交の場に出てこい…文大統領発言の翌日に外交が消えた韓国』のような記事が2位、3位にランキングされている。 さらに「これが本当に韓国国民の声を反映したものなのか問いたい」とし、「韓国の企業関係者が困難に直面した今の状況で、皆がそれぞれの位置から知恵を集めようとするこの時、何が韓国と韓国国民のためになるのか、答えなければならない」と述べた。 これに先立ち、チョ・グク大統領府民情首席もフェイスブックに、朝鮮日報と中央日報の日本語版の見出しが紹介された放送画面とともに、「嫌韓日本人の照会を誘引し、日本国内の嫌韓感情をあおるこうした売国的な見出しを付けたのは誰なのか」という書き込みを残した。 彼は「民情首席である以前に一人の韓国人として、強い抗議の意を表明する。 そして両紙の責任ある回答を望む」と付け加えた。 大統領府関係者は同日、ブリーフィングの背景と関連し、「大統領と5党代表らの会合が予定されるほど、日本問題を解決するために多くの人が知恵と力を合わせる時だ。 マスコミが韓国の世論を 日本に 正確に伝えてほしいという考えもあり、また国益の視点で(事態を)捉えてほしいという要請でもある」と説明した。 ただし、大統領府が直接出るのはやり過ぎだという声もある。 統領府が国内マスコミの外国語版の見出しについて、公の場で批判するのは異例のことだ。 大統領府がマスコミ報道を「国益の視点」や「力を合わせなければならない時」という理由で批判するのが、マスコミの自律権と衝突する恐れがあるという懸念も示されている。 これに先立ち、東亜自由言論守護闘争委員会や民族問題研究所、民主言論市民連合、全国言論労組など15の言論・市民団体は16日、ソウル中区の朝鮮日報本社前で記者会見を開き「政派色に目がくらんで日本の暴挙まで味方している」と批判した。 彼らは「朝鮮日報は不当な日本の経済報復を克服し、強制徴用被害者を保護しなければならない局面で、一体どの国の新聞なのか目を疑うような報道を行っている」と指摘した。

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概要 大韓民国成立後は、政論を売り物にした志向の政府批判紙として再発足した。 日本のとは特約海外新聞の関係にある。 読者層には知識人が多く、他紙と比較しての使用頻度が高いと言われていた。 それでも時代の流れには抗えず、にはレイアウトを横組みに改め、見出しの一部を除いて漢字の使用を中止。 の進展と共に、政論よりも生活情報を重視する紙面作りに方針転換した。 創刊に関わった関係者に湖南地方(と)出身者が主であったことから、伝統的には・元大統領に好意的とされていたが、金大中政権下ではむしろ対立。 2000年代になってからは、金大中、と続いた改革・進歩志向政権には批判的となっている。 そのため、同じような立場の朝鮮日報、中央日報とともに「朝・中・東」と並列されて、保守派新聞の代表格とされている。 ただし、保守系三紙にも温度差は存在し、朝鮮日報が右派一辺倒であるのに対して、中央日報は実利主義がベースにあるため、改革派政権が続く中では保守色は薄まっているし、東亜日報は伝統的にやの発言力も強いこともあって、個々の論調ではそれほど保守的ではないものも見られる。 創刊号 以降のによる「文治政治」の潮流に乗って、・など政財界の朝鮮人有力者が中心となってに創刊した。 この時、社是として「民主主義・民族主義・文化主義」を掲げ、現在まで続いている。 日本統治時代は主として朝鮮人向けの啓蒙活動に力を入れ、や朝鮮物産奨励・民立大学創設運動や普及などを主導している。 また男尊女卑の風潮の濃い中でいち早く女性誌を創刊したり、女性向けのイベントなどを主催したり、女性の地位向上にも先鞭をつけている。 だが、1920年からの9年間で300回もの販売禁止処分と延べ280日にものぼる停刊処分を受けるなど、当局からの規制と弾圧をしばしば受けた。 特にの報道では、でを取った選手のゼッケンのを抹消した写真を載せたことから、11ヶ月にものぼる停刊処分を受け編集幹部までが辞任に追い込まれる事態になっている。 直前の8月に廃刊に追い込まれた。 日本による統治が終わるといち早くに復刊し、オーナーだった金性洙の関わりから系の新聞として論陣を張った。 そのため政権下では記事の事前検閲を受けたり誤植を奇貨として停刊処分を受けるなどの圧力を受け、政権下でも一貫して回復の論陣を張り広告掲載禁止などの嫌がらせを受けた。 には、(DBS:ラジオ792)を開局させたが、政権のにより、に廃局され、の KBS に吸収合併された。 東亜日報は、直ちに闘争を開始したが(「を返せ」闘争)、「周波数は既に他局に使用されている」として、にが確定した。 その後、からインターネットにてテレビ放送を開始。 そして、に政権の規制緩和政策により、新聞社にもテレビ放送事業への参入が認められ、東亜日報もテレビの総合編成放送への参入をに申請した結果、同年に中央日報、朝鮮日報、と共に認められ、約31年ぶりに放送事業が再開される運びとなった。 それが「」である。 東亜日報による捏造記事・疑義が持たれた報道• 12月ので 、を主張 は即時独立を主張と報じた。 実際はその様な事実はなく共同宣言では米ソ四ヶ国の監督下による暫定政府の樹立が盛り込まれたに過ぎなかったが、この報道を切っ掛けとして信託統治に反対する右派と信託統治を容認する左派との対立が激化、結果として南北分裂の一因となった。 (日本語版HP)、当時訪韓していたのへのと称する記事を掲載した。 当時話題となっていた『』について、ちばが「日本の作家を代表して謝罪します」とコメントしたと掲載し、ちばてつやプロダクションから抗議を受けたことがある(朝鮮語版では謝罪部分の記事はすぐに差し替えられた)。 、東亜日報系列の総合編成テレビ「チャンネルA」のキャスターが、において死亡者が中国人の女子高生2人にとどまったことについて「韓国人でなくて中国人2人が死者と確認されたとの情報が入った。 我々からすれば幸運だったとも言える」と述べたため、で大きな騒動となり韓国政府が火消しに回ることになった。

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